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こすい人たち [読んだ本 / 好きな文章]


青べか物語 (新潮文庫)

青べか物語 (新潮文庫)

  • 作者: 山本 周五郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1963/08
  • メディア: 文庫

既読・未読問わずに文庫本を放り込んである段ボール箱をのぞいてみたら、身に覚えのない本が入っている。古いけれどそんなに長くもなさそうなので、なんの気なしに読んでみると、最初は独特の語り口や登場人物たちの方言のせいで読みづらくはあったものの、すぐにそんなことは気にならないぐらい『青べか~』の世界に引き込まれた。そういった不思議な魅力をもつ作品で、かなりのパンチ力でした。山本周五郎の本を読むのは恥ずかしながら初めて。だから、これが山本さんのスタンダードなのかは分からん(確か時代小説が得意なんだよね?)けれども、相当な筆力ですぜェ。

例によってあらすじは新潮文庫の裏表紙に業務委託する方向で。
根戸川の下流にある、うらぶれた浦粕という漁師町をふと訪れた私は、"沖の百万坪"の呼ばれる風景が気にいり、ぶっくれ舟"青べか"をテもなく買わされてそのままこの町に住みついてしまう。やがて"蒸気河岸の先生"と呼ばれるようになった私の眼を通して、およそ常識はずれの狡猾さ、愉快さ、質朴さを持ったこの町の住人たちの生活ぶりを、巧緻な筆に描き出した独特の現代小説。
っていうことなんですよ。

これは昭和39年発行のフィクションで、上記の「浦粕」というのは山本周五郎が昭和初年代まで数年間住んでいた浦安を指す、と解説にあります。その、あくまで架空の「浦粕」を舞台に、えらくもなんともない住人たちの生き様、それも多分に下世話だったり卑猥であったり格好悪かったりする面が描かれていて、一つひとつの話がそれほどドラマチックというわけではないのに、読んでいるとじわじわくる。なんでだろう。

まず一つに、新潮さんも裏表紙で指摘している通り、「巧緻な筆」で書かれていること。あんまり華麗な感じはしないけれど、骨太な、それでいてゴツゴツし過ぎないスムーズな文章。タイプとして、これまた自分が好きな井上靖の文とちょっと似ている感じもする。読ませるわー。この文章力の高さを上手く伝えられないオレの文章力の低さを呪い殺したい。

そして、本編の最後に、エピローグ的な一編として「三十年後」というタイトルの、文字通り30年後に浦粕を訪れたときの話があって、それがオレには衝撃的だった。これはちょっとネタバレみたいな感じになるかもだけど、どうせおまえら読まないでしょ? だから書いちゃってもいいよね。

浦粕に数年間住んで、住人たちともそれなりに親交のあった「私」が久しぶりに訪れる。すると、あのときはまだ小さかった小僧や、なじみのおかみさんたちが温かく迎えてくれ…ないの!! だーれも自分のこと覚えてないの!! ここに、単に予定調和を崩すためという薄っぺらな目的ではない、シューゴローによる人間描写のすさまじさを思い知った次第です。

本編の短いエピソードを通じて、「私」と住人たちとのほのぼのとした、あるいはこすっからい交流がいろいろと描かれているのだけど、この「三十年後」を読んで分かるのは、結局「私」とは「お客さん」であり、住人とは見なされていなかったという冷徹な事実。あるいは、住人たちにとっては、覚えておくほどの大した価値のない人物であるという、実に明快な論理。それをグサリと突き刺してくるこの構成力よ。

浦粕の人間は、つまるところ、自分にとっての利害関係を中心にすえて人付き合いをするという行動規範をもっていて、しかもそれはフィクションという体裁をとってはいるけれども、人間という生き物がもつ本質のひとつをするどく捉えてはいないだろうか。優しい顔を見せてはいるけど、それはもしかしたら自分が相手にとって「役に立つ」から。もちろんそんな世知辛い基準だけで人間関係すべてが成り立っているわけではない。でも、そういったものが全く存在しないというのは大いなるファンタジーだということも、ぼくら(ぼくら?)はみんなもう知っている。古本1冊で考えすぎかしらん。とりあえず、いわゆる純文学が好きなクチには結構オススメです。
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